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567 弘前弾丸ツアー 14(後書き)

全13回に渡ってお送りしました弘前弾丸ツアー。

最近自分のブログは、写真を撮って、二言三言ほど言葉を付け足して更新することがほとんどでしたが、今回は、なぜか久しぶりに文章でやろうと思ったわけです。

どのくらい久しぶりかと言うと、2011年以来、約3年ぶり。

その間、完全に筆が鈍ったせいか、わずか2日の出来事にも関わらず、完成まで2週間もかかってしまった。

まあブログを見返すと、完成せずに放置のものもあるので、終わっただけでも万々歳としましょう。

さて、次は一体どこへ行くのやら。更新はいつになるのやら。
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566 弘前弾丸ツアー 13

翌日。今日は帰る日である。

弘前駅11:02発の特急「つがる」に乗る予定であるが、8時半くらいにホテルをチェックアウトした。
ホテルの近くに弘前城があるので、観光がてら見て行くことにした。弘前城は石垣の補修工事で移転してしまうため、今の位置の弘前城を写真に収めておこうと思ったからである。

空気が澄んでいるのか、雪を被った岩木山がくっきりと見えた。しかし朝にしては暑い。この時期の弘前にしては蒸し暑かった。

弘前城に着いた時には汗をかき、ヘロヘロだったが、何とか写真に収め、踵を返した。

さて、まだ「つがる」に乗るまでにはまだ時間がある。そこで自転車を借りることにした。弘前城近くに観光センターがあり、そこで自転車を借りた。

さっきまで泊まっていたホテルを横切り、医学部保健学科棟を通り過ぎ、弘南鉄道の踏み切りを渡り、住宅街を抜け、文京キャンパスに着いた。

ここにはスティールパンの部室がある。部室といってもプレハブ小屋ではあるが。学生時代からプレハブが1列増えていた。

スティールパン部の部室に行くと、ちょうどチューニングを行っていた。

しばらくそれを見た後、部室の壁に掛けてあるホワイトボードを見た。昨日演奏した曲目が、練習しなければならない順に書かれていた。なぐり書いているところから、本番前の焦りの気持ちやピリピリとしたムードが想像できた。昨日の演奏から、そこは感じ取れなかったので、さすがである(一小節も演奏できないクセに、随分と上から目線だなオイ)

途中、昨日一緒にのんだOG達もやって来て、少し話したあと、駅に向かう時間が来た。

今度こそ本当のお別れである。本当言うとまだ帰りたくなんかない。もう少し弘前に滞在し、ノスタルジックな気分に浸りたい。

とはいえ、切符をフイにするわけにもいかないので、後ろ髪をひかれる思いで部室を去った。

駅までの道中、レンタサイクルのサドルが段差の衝撃で急に下がり、一人フリーフォール体験をしたが、何とか転ばずに弘前駅へと辿り着いた。

レンタサイクルは駅前でも貸出、返却できるため、そこで自転車を返し、駅前の売店でりんごジュースと、新幹線車内で食べるための昼飯を買った。

その途中、自転車本体は返したが、自転車の鍵を返すのを忘れ、慌てて返しに行った。

11:02発の特急「つがる」は、時間通りに弘前を発車した。中でりんごジュースを飲みながら、3~40分で新青森に着いた。

新青森からは「はやぶさ」で東京へ。さすが新幹線だけあって、3時間ほどで着いてしまった。

弘前も暑かったが、東京も負けじと暑い。やれやれとため息を着いて、とぼとぼと疲れた足取りで家路についた。明日は仕事かという憂鬱な気分を内に秘めて。


おわり

565 弘前弾丸ツアー 12

急に挨拶と言われてもなあ。少し悩んで、結局当たり障りのないテンプレート的な挨拶をして乾杯した。

パスタやピザなど、おいしい料理とともに、ラストオーダー過ぎまで楽しんだ。弘前にこんなイタリアンが食える店があるのかと思った。

「今はどこに住んでるの?」と聞いていくと、なんと、5人中2人は関東近郊に住んでいることが分かった。もっと近くで会えるはずなのに、あえて弘前で会うとはねぇ。

会計後、まだ帰るには早いので、この時間(22時過ぎ)から入れる店を探した。結果、そばにある「半兵エ」に入ることにした。

ここはリーズナブルな居酒屋なので、学生時代にもちょくちょく来ていた。中も変わっていなく、レトロな内装も相まって、懐かしい気分になった。

そこでも2、3杯のんだ。珍しく、コーヒー牛乳を焼酎で割った甘い酒もあったので、それものんだ。

23時半過ぎになり、店を出た。コンサートが始まるまでは暑かったが、今は涼しい。

駐車場に戻って、ホテルまで送ってもらった。「じゃあまたいつか」と手を振って、去っていく車を見てから、ホテルに向けて歩き始めた。


続く

564 弘前弾丸ツアー 11

写真を撮っているうちに、「Under the Sea」は終わった。

さて、これから片付けタイムに入る。楽器とはいえ、元はドラム缶である。演奏直後の疲れている中、楽器をケースに入れて運ばなくてはならないので、中々に大変である。

OGらも運ぶのを手伝っていたが、部員達の方が手慣れているので、早くも手持ちぶさたになった。そこで声をかけられた。

「このあと、予定ありますか?」

晩飯食ってホテルに戻るだけなので、俺は「特にないね」と答えた。

「このあと、5人で飲むんですが、どうですか?」

この5人は俺の2個下である。久しぶりに5人揃って、積もる話もあるのだろう。

「いいんだけど、久しぶりに5人揃ったんだから、俺がいるのは迷惑じゃないのか?」

「そんなことないです」

「じゃあお邪魔しようかね」

というわけで、片付けを行っている部員達に軽く挨拶をし、会場を後にした。

近くに停めていた2個下のOGの車に乗り、土手町へと向かった。

ところが、お目当ての店が満員だった。地方都市とはいえ土曜の夜。混んでいるとは予想できたがここまでとは予想外だった。

待つよりも、と向かったのは、土手町から弘前城方面に向かう途中にある「アルポルト」。カフェのようであるが、お酒もご飯も食べることのできる店らしい。

中に入り、迷いながら注文をした。この店のラストオーダーは21時半で、途中プリクラを撮ったりしていたから、もう21時である。

注文が終わったあと、俺の右隣にいたOGが、ごそごそとし始めた。すると、

「結婚おめでとう」

と、結婚する2人にプレゼントを渡した。

中はカタログギフトであったが、俺はそれよりも、結婚すること自体、初耳だったので、さすがに驚きを隠せないでいた。

その後、飲み物が運ばれてきた。
「じゃあKOさん、乾杯の挨拶をお願いします」

またしても初耳である…。


続く

563 弘前弾丸ツアー 10

カウベルの音を聞いた瞬間、かつて自分が学生時代に演奏した難関曲、「宝島」を演奏するのかと思った。

しかし、演奏を始めたのは「宝島」ではなく、「風になりたい」であった。予想が外れた自分の体の力が少し抜けた。

勝手に予想を行い、体の力が抜けていっても、そのために演奏が止まる訳もない。演奏は中盤に入り、サンバホイッスル(たぶん)とカウベルの掛け合いになった。

サンバホイッスル(たぶん)を使うなんて珍しいなあと思ううち、その掛け合いも終わり、サビ部分へと移り、最後に一層盛り上げて終了した。

部長の挨拶を挟み、最後の最後に演奏するのは、「ハイマス」だった。ここ数年、アンコールの最終曲がこの曲になっており、もはや恒例の域にまで達している。

「ハイマス」はさすがというか演奏慣れしているのか、他の曲よりも上手いなあと感じた。

全演奏曲が終了した。会場が明るくなり、廊下に出るためのドアが開き、蒸し暑い室内にひんやりとした空気が流れこんだ。

お客が全員いなくなり、さっきまで南国ムード漂う会場がしんと静まり返った。

椅子を片付けたあと、スティールパンも片付けるかと思いきや、OGの皆様がぱっとスティールパンの前に立った。どうやらコンサートに触発され、演奏したくなったらしい。

演奏し始めたのは「ハイマス」であった。数年ぶりの演奏のため、コンサートの「ハイマス」と違い、お世辞にも上手いとは言えないが、みんな楽しそうに演奏していたので、これはこれでよいのだろう。
演奏が終わったが、まだまだ演奏し足りないらしく、「Under the Sea」を演奏するらしい。

この時、俺も演奏すればと誘われたが、何しろどの音から始まるかすら忘れている。途中で動きが止まる、いわゆるフリーズ状態になることは確実である。しかも変なところで負けず嫌いな性格だから、自分の演奏に納得がいかずに、その後の弘前滞在に影響が出るかもしれない。結局、俺は全力で断った。


続く

562 弘前弾丸ツアー 9

お悩み相談コーナーは続く。

今度は「夜眠れない」という相談についてDJがお便りを読んでいる。そんな相談に答えるように演奏を始めたのが、「Moon River」と「北酒場」だった。

「Moon River」はムーディーな曲なので気持ち良く眠れそうだ。「北酒場」はどうだろう。演奏前にDJが、「寝る前にお酒をほどよく飲むと、よく眠れる」ような体で「北酒場」を紹介していたが、寝る前に「北酒場」を聞いたら深酒しそうである。

最後はクイーンの「Don't Stop Me Now」だった。キリンの清涼飲料水のCM曲だったが、名前が思い出せない。演奏前の「スティールパン部は誰にも止められない!」と言っていたDJのセリフが妙に格好よかったが、このままずんずんと進み続けて、何処へ行くんだろうとも思った。

最後の音の余韻が消えぬうちに会場が大きな拍手に包まれた。そして、その拍手が段々と一定なリズムの手拍子に変わっていった。アンコールのサインである。

演奏者である部員達は、すでにステージから掃けていたが、控え室は隣にあるので、この手拍子は聞こえているだろう。

手拍子が再び拍手となり、会場はまたしても沸いた。部員達がステージへ出て来たのである。

ステージに出てきた部員達は、拍手が止んだのを見計らって、ちらりとお互いを見た。数秒間の沈黙ののち、カウベルが会場中に鳴り響いた。

これは、まさか、あの曲か?


続く

561 弘前弾丸ツアー 8

第二部は、いきなり、某オールナイトなんとかのテーマである、「ビター・スイート・サンバ」から始まった。

今回(第11回)の自主コンサートの題名は、「パンボーイのオールナイトヒロサキ」で、その題名に沿った演出であろう。

MC担当のラジオサークルの二人も、ヘッドフォンを耳にかけ、椅子に座り、机に固定したマイクに向かって話す。見た目はラジオDJである。

今日の一曲として演奏したのは、「雨にぬれても」だった。映画音楽で、タイトルだこ聞いてもピンと来なかったが、ハイテナーの旋律を聞いて、ああこれかと手を叩いた。
(最近では、サッポロのプレミアムアルコールフリー等、色んなCMで使用されている)

ラジオDJがテンションを上げ、お悩み相談コーナーになった。イカしたコーナー名が冠されていたが、何であったか忘れた。

最初の葉書は、「好きな人に告白したいけど勇気が出ない」と、なんともベタな相談であった。もちろんこのコーナーの募集はしていない。これに続けて「不二子ちゃんに振り向いてくれない」と、個人が特定されそうなお便りを読んだ後に、「勇気100%」と、「ルパン三世のテーマ」の演奏を始めた。
忍たま乱太郎のOP曲である「勇気100%」は、スティールパンで初めて聞いたが、随分しっくりとくるなあ、今までどうして演奏してこなかったんだろうと思った。

「ルパン三世のテーマ」は、自分が演奏していた当時のアレンジで、何とも言えない懐かしさが曲のテンポの速さとともに駆け抜けた。
次は「Bad Day」なんですが、すいません。忘れてしまいました。申し訳ありませんが割愛です。

そして、第二部は次回に続きます。

560 弘前弾丸ツアー 7

第一部が終了し、15分間の休憩時間に入った。

この時間はお客がステージに上がり、楽器を触ってもよい時間になっている。

先ほど、ステージ脇の控え室へ入っていった部員達が、そそくさとステージへ戻り、楽器の説明などを行い始めた。

その様子を写真に収めても、第二部まではまだ時間があった。

話が横道にそれるようだが、ここで第一部を聞いて思ったことを書く。

第一部の始めから4曲、「ルージュの伝言」、「Under the Sea」、「Brazil」、「Poun Poun」は、自分が学生だった時に演奏していた曲だった。

大学を卒業して数年が経過し、もうスティールパンのどこが「ド」なのかも定かでないほど忘れているが、この4曲を聞いて、当時演奏していた記憶が、脳の片隅の引き出しから飛び出した。

「ああ、あの部分は難しかったなあ」、「ここが合うとカッコイイんだよな」など、曲全体の雰囲気ではなく、一小節ごとの思い出を頭に浮かべた。

思い出補正と言われればそれまでであるが、曲だけ楽しむよりも、曲にのせて、心を思い出の海に漂わせることの方が数倍楽しいのは間違いない。

(思い出は楽しいことだけではないが、当時を反省することもまたいい機会であるし、これはこれである意味楽しい)

このような楽しみ方もあるので、部員の皆様には、今後も昔演奏した曲を大事にしていただきたいものである。

勝手にお願いしたところで休憩時間が終わったので、次回は第二部から書くことにする。


続く

559 弘前弾丸ツアー 6

始めのベース2音で、ああ、これは「ルージュの伝言」だなと思った。暗い会場でプログラムを確認し、そこにも書いてあったので間違いない。

弘大(ひろだいと読む。広島大学ではない)ラジオサークルのMCのあとに、「Under the Sea」が始まった。リトルマーメイドの曲なので、スティールパンの音色とよく合い、梅雨入り間近の会場の雰囲気が一気に南国ムード漂うものになった。

そのムードさめやらぬ中、スティールパンという楽器の紹介コーナーに移った。

語弊があるかもしれないけれど、スティールパンという楽器はとかく知名度がそこまで高くない。音は聞いたことがある人はいるが、本体を見たことがない人がほとんどだ。現に、自分もかつて入部するまで楽器を知らなかった。

そういう人達が見に来ているから、楽器の紹介コーナーというのは、スティールパンを知ってもらえる貴重な時間である。

その貴重な時間で、各パートの名称や、作り方を簡単に紹介し、楽器紹介コーナーは終了した。

ここからは、いい意味で「スティールパンらしい」曲が2曲続く。
「Brazil」と「Poun Poun」だ。

「Brazil」は、始めのテンポが非常に遅く、このままで大丈夫なのだろうかと思ったが、途中で意図的にテンポを速めていった。

さて、ここからはCDに収録した曲ということで、「ハードデイズナイト」と「小さな世界」を続けて聞いた。

「小さな世界」は、某千葉リゾートの最寄駅の発車メロディーにもなっているが、スティールパンで聞くと、違った雰囲気を醸し出した。少なくとも駆け込み乗車はしそうにない。

第一部最後の曲は、「ラバンバ」だ。チケット購入の際に渡された「シャカシャカ」(フィルムケースのような容器内にビーズや砂などを入れたもの)がようやく活躍する時が来た。

部員の丁寧な説明のあと、曲に合わせて客がシャカシャカを振る。うーむ、なんだか会場が一体となっているのを感じた。

あっという間に第一部が終了。休憩時間となった。


続く

558 弘前弾丸ツアー 5

開場時間となり、俺はチケットを買って、再び会場の中へ入った。
(OBではあるが、客として来ているので、毎回チケット代を払っている)

続々と客がやって来ては会場内の椅子へ座っていった。席数はそこそこあったが、開演時間間近となった時には、空席が10あるかないかくらいになった。

ステージ以外の照明が消え、ステージからギシギシと軋む音が聞こえてきた。ステージ上を誰かが歩いている音だ。

いよいよコンサートが始まった。

続く

557 弘前弾丸ツアー 4

突然、しかも女の子から声をかけられたので、思わず、はいと答えてしまった。よく見ると、今日演奏する予定の後輩だった。

この後輩は俺が卒業後に入部しているため、俺のことは忘れていても不思議ではないのに、覚えてくれていたとは。ちょっと嬉しい。

後輩に連れられ踵を返し、会場のデネガへと戻った。

まだ開場となっていなかったが、会場へと入れてもらった。会場のステージに並べられたスティールパン達は、照明に照らされて鈍く輝いていた。表面に貼られていたシールがハゲていたり、錆が進行していたものもあったが、紛れもなく俺が学生の時に演奏していたものだった。なんだか学生当時を思いだした。

暇になったので、会場2階にある、照明室に行ってみた。大概OBやOGが照明を担当しているので、誰かしらいるだろうと覗いてみると、案の定いた。

照明やるの?と聞くと、そうなんですよ。今回は結構色を使うんで大変なんです、と照明の明るさを調整するスイッチを触りながら言うと、ステージが青色に変わった。照明は明暗を使い分けるくらいであったのに、今回は凝っているなと思った。

開場時間頃、部のOB、OGがやって来た。その中には、実に6年ぶりに会うOGの後輩もいた。久しぶりというにはあまりにも時間が経過していたが、少し痩せた程度で、その雰囲気は変わっていなかった。

続く(あれ?まだ本番までいかないのか…)

556 弘前弾丸ツアー 3

開演時間が17時だと思って16時半頃に来たのだが、本当の開演時間は18時からだった。

遅刻ではないからまあいいけれど、1時間待たなくてはならないのはちと辛い。

紀伊國屋書店はさっきも行ったし、季節外れに暑いから、あまり歩きたくない。

それでもただ待つよりはぶらぶらした方が幾分暇潰しになるかと思い、土手町へ至る細い道を歩いていると、何やら声をかけられた。
「KOさんですよね?」

555 弘前弾丸ツアー 2

「今起きました。」

年齢は上だが後輩のナベさんであった。昨日、電話でナベさんに弘前へ行くことを宣言すると、俺も行くかもというような雰囲気を醸し出していたが、寝坊とは。なんともナベさんらしい。

新青森から奥羽本線に乗り換えて弘前へ向かう。新幹線接続を意識しているから、乗り換えで待つことはない。

新青森から数十分で弘前へ到着し、そのままホテルにチェックインした。

開演時間まで時間はあるが、散歩がてら出かけることとし、カメラ等を持って部屋を出た。

弘南鉄道や近くのカフェ、教会などの写真を撮りつつ、会場のスペースデネガへ向かう。

紀伊國屋書店で時間を潰しつつ、目的地に到着した。デネガ内部からスティールパンの澄んだ音色が聞こえる。最後の確認でもしているのだろうか。

ふと、そばに貼ってあったポスターを見た。会場時間は17時半と書いてある。それを見てぎょっとした。

時間間違えた!

554 弘前弾丸ツアー 1

弘前大学スティールパン部のコンサートが5/31に行われるとのことで、5/31~6/1にかけて、弘前弾丸ツアーを敢行して参りました。

以下、その記録です。

コンサート開催前日、弘前へ行く決意をしたはいいが、問題はその交通手段だ。

寝台特急あけぼのが臨時列車になってしまったため、弘前へ行く現実的な交通手段は、飛行機、新幹線、バスの3つとなった。

弘前へ向かうと決意したのは前日だったため、飛行機は高いし、バスはしんどい。結果としては従来通りというか予想通りというか、新幹線を選んだ。

ギリギリまで家事をやってしまったため、あやうく新幹線に乗り過ごすところだったが、何とか乗り込むことができた。

車内ではお茶と弁当を買って食べたり、時速320kmからの景色を見たりして過ごした。そこに一通のメールが。

続く
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